宗教を信じるということ、すがることの何が悪いというのか。

 

 

若い女優さんが、幸福の科学で出家することが最近、物議を醸している。

ボクが驚いたのは、幸福の科学というのは出家する宗教だということである。

女優さんが出家すると聞いた時、どこかのお寺の娘さんなのか

もしくは、役柄やお仕事で関わったときに、宗教に興味を持ったのかと思った。

 

 

幸福の科学はここ10年くらいで、よく耳にするようになった。

大学の通学途中で見かけたのが初めてで、ボクの家の近くにもある。

数か月だけ職業訓練みたいなのでいたところで

一度だけ電話をしたことがあるけれど、礼儀正しいイメージしかない。

(ただの仕事電話なので、本質も何も分かっていないのだけど)

 

ボクらは宗教だと聞くと、自分たちの知らないものを胡散臭いと感じる。

怪しいと感じる、悪だと思い込む。

ボクは知らないものは知らないから、知りたいと思う。

それだけだ。

 

 

 

ボクたちは何かにすがっている。

一人でキッチリ立っているように見えたとしても

一人でキッチリ立っているつもりだとしても

複雑に交わった世界で立っている。

 

 

何かを信じれば、助かるという話をする人がいる。

たとえば体の不調に○○が効果的だとか

痩せたいなら、○○ダイエットが効果的だとか

そんな話が社会にごろごろと転がっている。

 

特に自分が困ったとき、ボクたちは誰かに頼りたくなる。

それが宗教だと、不思議そうな顔をして、軽蔑するだけなのだ。

墓参りに行くというのに、初詣に行くというのに……。

 

 

日本人は元々宗教にすがって生きていたというのに。

時代錯誤と言われれば、それまでかもしれないけれど。

宗教というのは明確に定義されている。

死んだら、悪い人は地獄へ、いい人は極楽浄土へ。

親より早く死んだ不幸者は、三途の川の石を積んでは崩されを繰り返す。

命は輪廻するから、生きるも死ぬも変わらない。

そんな考え方がキッチリ定義されて、普遍的だ。

キミの信じる隣の誰かなんかより明確で、論理的だ。

 

 

宗教団体は、誰かをだますことで荒稼ぎしているなんて悪く言われるけど

それで、救える存在がいるのならば、その人にとって、それは正義で

ボクたちが止めることこそが悪なのではないだろうか。

 

 

ボクも清水富美加さんのことは結構、好きだったけど

その彼女が間違った道に進んでいるよ、というのは妙な話だ。

 

 


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