ボクは昔から先生という存在が嫌いでした。

少し前の先生(最近も?)は、モンスターペアレンツに脅かされ

色々な雑務に追いかけまわされる激務のようですが

ボクらが小学生のときなんかはパソコンもなかったので

たぶん、もっと大変だったのかな……なんて思うこともあるけど。

そんなことは、ボクには関係ない。

 

 

ボクの通っていた小学校は比較的、大きな学校だったので

新任の先生と、それから定年間近の先生と、たまに中堅どころ

という、とてつもなく年齢層の偏った学校でした。

ボクはハッキリ言って、ほとんど担任がババアだった上に(口が悪いw)

クラス替えが2年に1度しかない状況で

結構わんぱくで、頭も悪くなくて、小生意気で、小賢しい児童だったので

先生に、よく怒られていました。

自分の思い通りに、ボクが動かないので、頭を小突かれたり

特別席という教卓の横で、黒板があまり見えない席に座らされたり

何かというと、色々なことをボクのせいにされたり

そのせい(これは被害妄想かも?)で、クラスメイトからいじめられたり

誰かと少し言い合いになると、相手の味方になって、非難されたり

 

 

思い返してみると、最低な小学校生活だな!!

 

 

ボクの世代は、ゆとり元年ですが、まだまだ昭和の教育方針が残る時代で

先生に殴られる、怒鳴られる、親が先生を信じている……という典型的な状態。

昔は、先生が嫌われ者で、それでクラスがまとまっていた部分もあったような。

クラスの一部にはいじめられることもありましたが

それ以上に、なんだか愛されキャラ(自分で言うか!)だった気がするので

性格は、ご覧のとおり、ねじ曲がってしまいましたが、元気に生きてます。

 

 

 

だから、恩師っていう発想がボクには、よく分からない。

中学にあがったら、若手中堅の先生が多かったし、時代も進んでいたので

殴られるとか、怒鳴られるとか、クラスで先生の標的になるとか

そんな古典的な、意味の分からないシステムを脱して、ゆとり時代に突入しました。

(ボクの通ってた中学校は土曜日は隔週で、昼まで授業ありましたけどね)

 

 

だから、東村アキコさんの自叙伝マンガである、この作品を読むと

「あーこんな先生に会えていたら、ボクも恩師だと思えるのかな、今」

なんて、身勝手なことを考えてみたけれど

絵が下手くそで、絵を習う気なんて、微塵もなかった人間が

絵画教室の、めちゃくちゃ怖くて、めちゃくちゃ優しい先生に会えるわけない。

 

死にそうにない先生なのに、ガンで死ぬなんてさ

世界は、本当に不平等で、不条理で、理不尽だなと思った。

 

 

 

そういえば、ボクが中学生のときの学年主任の先生

その先生は、ボクが唯一恩師と呼べる存在かもしれない。

前にも書いたと思うけど(どの記事か忘れたけど)ボクが21歳か22歳のときに亡くなった。

くも膜下出血で。

しかも、偶然、誘われた飲み会の席で、中学によく遊びに行っている奴から聞いた。

悲しいとか、そういうのは分からなくて。

たぶん傍にいたら、たとえばボクがその時まだ教え子だったら悲しかったんだろうけど

いまだに、先生がいないという実感がなくて

きっと、退職されて、余生をどこか綺麗な場所で過ごしてるんじゃないかと

ボクは思っている。

 

 

 

 

だから、葬式なんて行くもんじゃないね。

葬式なんて行って、棺に眠る顔なんて見たら、現実を受け入れなきゃいけないじゃない。

だったら、どこかで幸せに暮らしてるってさ

そう思いながら、ボクはボクで、適当に生きたほうがさ、楽だよね。

 

 

 

かくかくしかじか 5』最終巻、泣けます。

大切な人を想いだして、泣ける作品です。

たまには、色んな感情を涙で流すのもいいんじゃないかな。

 


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