人は生まれた週間から、死に向かって歩いている。

そんな言葉を誰かが言っていた気がする。

 

 

それは確固たる真実で、事実で、変えることもできなければ

逆行することも、ボクたちには不可能なことだ。

 

 

高校生の頃だったかタイムマシーンで、未来に行きたいと願った。

光の速さで、地球の周りをまわり続けたら、未来に行けると誰かが言った。

当時は、その説が世間で騒がれていた気がする。

でも、ボクだけが未来に行ったところで、ボク以外の人は死に向かっている。

今よりも年を取っているだろうし、もしかしたら亡くなっているかもしれない。

それじゃ意味がないよな、とボクは思った。

 

 

大切な人の最期に、ボクは向き合えるだろうか。

突然、誰かが死ぬのが怖くなった。

自分が死ぬのは、現実味がなくて、怖くもないというのに。

 

誰かが死ぬのが怖くて、大学時代に少しだけ教えてくれた教授が亡くなったとき

好きだなんて感情もないのに、ただ寝れなくなった。

数日前に、講義を受けたはずの彼が世界からいなくなったことへの恐怖で

ボクは、布団に転がって、目をつぶることすら出来なかった。

何か大きな恐怖と闘っていたのかもしれない、19歳の冬。

 

 

 

だから、誰かが死ぬという話をフィクションで読むのは、避けていた。

この本はフィクションじゃない、でも限りなくフィクションに近い。

 

 

人はいつか死ぬ。

ボクは死に目に立ち会ったことはないけれど、死ぬ前日の祖母に会った。

13年前、高校生だったとき、三連休の中日に、ボクは家族と一緒に

入院している祖母に会いに行った。

もう意識も朦朧としている状態で、それでも会うことが大切だと思った。

祖母が亡くなったのは、ボクらが会いに行った次の日の朝8時だった。

死んだ、その顔をボクは綺麗だと思った。

 

 

でも、この作品を読んで、今の時代、綺麗に死ねないのだと痛感した。

ボクだって、このまま行くと、孤独死するだろう。

狭い部屋に、長い時間、置き去りにされて、放置されて、原型なんて留めないで

そんな姿を誰かに葬ってもらわないといけない。

知らない誰かの、そんな姿をボクは直視できるだろうか。

知らない誰かの遺体を綺麗にしてくれるのが”納棺師”という仕事だ。

 

 

周りから軽蔑されることもあるけれど、それでも大切な仕事だ。

たぶんボクには出来ないけれど、立派な仕事だ。

 

 

特に、ラストの部分が好きだ。

大切な人を、自分の手で、送り届けるということ。

 

 

 

実は、この小説は映画のノベライズ作品で、主演は本木雅弘さんが演じているんですが

本木さんが、ある本を読んで、どうしても映像化したいって

著者の方に頼み込んで、映像化されたけど、舞台が違うとかの問題で

どうしても原作のタイトルは使わせてもらえなかったから『おくりびと』というタイトルになったそうだ。

 

 

 

ちなみに、本木雅弘さんが読んだ元々の本は、こちら。

 

 

小説を読むよりも、映像化作品が気になる方は映画もどうぞ。

誰か大切な人と見ると、絆が深まりそうな予感。

 


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。